検索機能や翻訳機能がかなり高度なレベルまで達し、人口知能開発が重要なテーマとなっている今、「人間の感情」を読み解くことが産業的にも重要になっていくことは確実。

となると、「表現」をコンピューターにいかに分析させるか、が非常に重要になることは、間違いない。

先日、宮城県の石巻で開催された「教育夏まつり2011」で、私にとってなによりの収穫だったのは、国語作文研究所の宮川俊彦先生と控室で交わした雑談でした。

「表現教育」のプロである宮川先生のもとには、最近、コンピューター開発にたずさわる人が訪れるてくることが非常に増えているそうです。

それはおそらく、
・ようやくコンピューターにおいても「表現」を主要テーマとして研究する段階に至っている
からであり、つまり、
・その研究が産業的にも大きなものになりうる時期が近づきつつある
からでしょう。

(※この内容は、あくまで宮川先生との雑談をベースに、私の解釈も含めたものであり、宮川先生ご自身の考察ではありません)


「この文章はなぜ名文なのか」「あの文章は、どうしてこんなに若い世代に支持されるのか」「同じ対象を写していても、なぜこちらの写真は人を感動させるのか」「この絵はどうして惹きつけてやまないのか」「この漫画のこのシーンはなぜ皆を熱くさせるのか」

このように多くの人に支持されている「表現」を読み解くことは、すなわち、人間の感情を読み解くことにつながります。

個人一人一人の感情を調査・研究していくことももちろん大事ですが、汎用性を求めるのならば、「表現」研究こそが鍵となってくるはずなのです。


…となると、
こここそ、出版社の出番なんじゃないか、と私なんかは思うわけです。

出版社が作家やカメラマン、漫画家など表現の第一線で活躍している方々をとりまとめ、
学者、大学の研究室などと手を組み、研究・開発を進めていく。

かつて、出版社の重要な文化的事業だった辞典編纂をも凌駕するほど、意義深く壮大な事業になる可能性は十二にあります。

少なくとも縦書きだルビだの、瑣末なことにこだわるよりも、はるかに建設的で、かつ、長期的には大きな収益にも繋がっていくでしょう。


僕が所属する会社は来年、90周年を迎えるわけですが、当然、その十年後には記念すべき100周年が見えてきます。

【創業100周年に向け、90周年に立ち上げる文化事業】になれば、なんとロマンに満ち満ちた宣誓になることでしょうか。

「電子書籍に力を入れていきます」なんて、今さら誰も心を震わしませぬ。
2012年の新聞全面広告を飾るに相応しいんのではないかなあと、東北で迎えた朝、ちょっとワクワクしながら考えたりしているわけです。