日常生活で「facebookすげー」と思うこと、日々増えてませんか?



先日、高校時代に所属していたハンドボール部のOB会に参加してきました。

卒業以来、まったく音沙汰なかった人たちも、ほぼFacebookのみの連絡で三世代の二十人以上が集まりました。
(ひと学年十名ずつくらいの部活だったので、驚異的な参加率です)

後輩がFacebookで僕を見つけてくれ、高校卒業以来、途絶えていた音信が復活。
それから数日のうちにOB会の開催が決定。

中には、Facebookをやってない人も数名ながらいるため、逐次、メールで転送。

当日はメールアドレス交換や名刺交換はほとんどなし。
代わりに飛び交うのは「facebookやってるよね?」

改めて、Facebookの拡大は日本においても、もっともっと進むだろうなという予感を強めた会合でした。

すでに、
「Facebookやってない」は、
「めんどくさい」になりつつある。

これって、すごいことです。


Webにおいて、「めんどくさい」はすごく重要なフレーズです。

「悪くないサービスなんだけど、めんどくさい」
「これまでめんどくさかったことを、めんどくさくなくしたからヒットした」というように、ほとんどのWebサービスは、「めんどくさい」の言葉でかなり判別できます。

Facebookを使い慣れるほど、つくづく感じるのは、
Twitterやmixi、ブログと比べ、圧倒的に【めんどくさくない】ということです。



そして、見逃してはならないのは、
「普通の可愛い女子が続々Facebookを使い始めてる」という事実。
可愛い子の周りには、
「もっと仲良くなってあわよくばと思ってる男」と
「仲良くなることで自分の地位を上げたいと思ってる女子」とがそれぞれ少なくとも数十人ずついます。

そんな影響力を持った子が、自らのキラキラした日常をさらしてる。
となると、どんな連鎖が起こっていくかは想像に難くありません。



いまだに「ネットに実名をさらすことへの日本人の強い抵抗感に、facebookは適さない」と言う人も少なからずいます。

しかし、
「あんまり乗り気でなくfacebookを始めてみたけれど、今やすっかりハマってしまい、一日に何回も立ち上げてしまう人(僕もその一人です)」は感じているはずです。

facebookを始める前と今では、【ネットに実名を出すことへの意識】自体が変わっていることに。



そう。facebookが恐ろしいのは、
「実名をさらすことへの抵抗感」すら変容させながら拡大していく
という点です。

ユーザーとしてはさておき、同じウェブ上でサービスを展開しようとしてる者としては、
「こんなバケモノと闘うのかよっ」
と蟻の王(『HUNTER×HUNTER』より)を目の前に立ち尽くす気分にすらなります。



しかし、ある意味もっと恐ろしいのは、
これほどの驚異的な存在ですら、おそらく五年後くらいには「もうfacebookじゃないよね」と言わしめるサービスが生まれているだろう、ということかもしれません。

もう、ブルブル震えてしまいます。
これが武者震いなのか、単なるビビりなのか、今はまだ分かりません。

せめて、
facebookすげー、でも、こえー、と日々触れつつ、
でも、虎視眈々と、
その先の先を見つめていかねば、と思っているのです。